日記

ほんとうの幸せ

2010年11月18日

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28回目のテーマは「ほんとうの幸せ」
幸せも悩みも総て意識がもたらすもの。意識とは物事のとらえ方でもあり、考え方でもある。
今日の研修で私が質問をした。
『人間は生まれたときから死へ向って歩んでいるから、言い換えれば死ぬために生まれてきたともいえます。その上、辛い事が沢山あるし、不幸だと思う事も沢山あるはずです。幸せだ、楽しいなと思う事より、辛いと思うことの方が多かったのではないでしょうか?』
すると全員が
『はい、確かに辛い事の方が多かったです』と答えた。
そこで私は
『ここで、研修をやめたら、生きて行く元気もなくなるでしょう。だから意識、物事のとらえ方を変えてみましょう』と申し上げた。
『今我々が肉体を持って生活をしている時を、修行の時ととらえます。何故修行かというと、それは何をするにも不自由だからです。私たちは、肉体を持っていることが如何に不自由か、無意識に生きていると分かりません。どこかへ移動しようとしたら、先ずお金を稼がなければならない。そうしないと、靴も買えないし乗り物にも乗れない。人間は食べなければお腹が空く。食べる物を得るためには、他の生き物の命を奪うし、先ずはお金を稼がなければならない。厄介なことに食べれば排泄したくなる。排泄する場所、トイレットペーパーなども必要となり、それにもお金を稼がなければならない。食べれば眠たくもなる。最近はホームレスが流行っているけれど、大抵の人はそれには満足できず、寝床を確保しなければならなくなる。それには大金が必要で、保証人まで必要で、真剣に稼がなければならない。これを不自由といわずになんと言いましょうか。それに、他者の考えている事が分からない。だから不安になる。意識体だったら、他者の考えは明白に分かるらしいし、移動も時間軸がないから瞬間移動が可能らしい。それに、同じレベルの人たちといつも一緒であり、考えの違う人とは一緒にいないでよいらしい。そうなると学びには不向きである。だから肉体をもってより良い意識体に成長するために肉体を持って生まれてきた。しかも200年も300年も順番を待って生まれてきた。だから、生まれる前に課題を出してきていて、それを解くことで成長できるから、必死に取り組む方が良さそうだ。こう想像したら、今の辛さに対してどう思いますか?』
そうしたら、参加者全員が『もっと一生懸命生きる』という答えが出てきた。
つまり、考え方によって幸にも不幸にもなるわけで、物や地位があるから幸せということにはならない。本当の幸せは、今を一生懸命生きて、毎日の生活の中から、嬉しい事、ありがたいと思うことを見つけることなのだ。つまり、感謝をするということ。どんな小さなことにも感謝をし続ける事が、いつもいつも幸せでいられる。総てが積み重ねである事を忘れてはならないのである。
武士道ではよく「武士は食わねど高楊枝」と言う。
これでもわかるように、昔から生きるには我慢がつきものなのだ。だからこそ、考え方、とらえ方次第なのである。時という流れの中で生きて、死なない人はいない定めの今の世の中。ということは、物や地位に幸せを求めるほど、浅はかで儚いものはないといえるのではないだろうか。もう一度、家族のあり方を見直して、仕事の取り組み方を考え直してみてはいかがだろうか。きっと幸せを手に入れていたことに気づくはずだ。 
武士道はそれを教える事も役目であると私は信じている。人生を問いても、一人一人違い、人生をどの様に考えるかによって、それぞれの答えが違い、決まっているものではない。よって、幸せは他者に与えてもらうものではなく、自分で感じ取るものだと気づいた人が幸せなのである。

新しい武士道協会

2010年11月15日

武士道協会は、今ちょうど分岐点に来ています。
初めての理事改選時期にきましたので、理事の先生の入れ替わりも大きくあります。そして、広報を重点的に強力化するために理事会の下に幹事会をおきます。幹事会はメールを酷使した広報や、法人会員を増強させるための色々な工夫をして実行していきます。専門的な取り組みをしますので、会社の経営者或いは会計士、税理士、医師、大学講師などの資格を保持する方にお願いして参ります。特賛委員会とはまた違った目的を持って作られています。そのうちはっきりと皆様にも分かるようになりますので、もうしばらくお待ち下さい。
そこで、武士道協会のキャッチフレーズも変わります。
“命と地球の平和を考える”大和心・武士道協会 で今後は進めて参ります。
人が欲張らず、他者の為に喜ばれる事をしようという武士道精神を発揮し、日本が世界から「なくてはならない母なる国」と思われるようになったら、間違いなく戦争をせずとも、軍備をせずとも、日本は世界から守られ、攻められないでしょう。それには時間がかかりますし気の遠くなるような努力が必要不可欠ですが、先ず、地球に住む人間一人一人が、武士道精神を身につけて、他者を認め、欲を張らず、相手を労わり、協力し合う生き方をしなければなりません。
地球も生命体ですから、地球上で人々が戦争をするということは、人間の体の中で五臓六腑の臓器たちが縄張り戦いをしたり、自分の方が偉いの正しいのと喧嘩するのと同じです。人間に言い換えれば、がん細胞が人間の身体に蔓延ってしまったのと同じで、地球の命が危ない状態です。それぞれの個(国)の役割と個性を大切にして、それを大和心という大きな和を保つ心である武士道を潤滑油として、世界の和を保つ事が、平和を維持し、人の命を尊ぶことになっていくからです。
だから、神道、儒教、仏教、テーラワーダ仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教・・・・どの宗教を信仰していても、また無宗教の人も、無神論者の人も、大和心である武士道であれば心を一つにすることができるのです。現に武士道協会には、イスラム教の方も、キリスト教の方も、また、中国人をはじめ諸外国籍の方々も会員に登録して頂いております。武士道は、仁義礼智信でも表現されるように、人の行いであり、思いやり、配慮、礼儀、信頼感・・・の根源です。
武士道は、「信じる」というものではなく、「実行する」ものであるから、いかなる宗教を信仰していても、またいかなる国に籍があっても、人間として一つになり協力し合えるのです。
個を大切に、相手を認め、それぞれの役割を果たして、地球の五臓六腑に人間がなっていれば、世界は間違いなく平和になることでしょう。だからこそ、村上和雄筑波大学名誉教授に理事に就任いただきました。また、西大條文一医師(エイズ救済)、影山幸雄医師(泌尿器科)の先生にも理事に就任いただきました。よって、肉体の健康と武士道の関連についても今後は講習会を開いていける事と期待をしております。
これからの新しい武士道協会に是非ご期待下さい。
武士道協会 常務理事兼事務局長 本多百代

戦争のない地球にするためには

2010年11月7日

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宇宙の仕組みは地球の仕組みと同じ、地球の仕組みは人間の仕組みと同じ、つまり、仕組みは宇宙と皆同じのようだ。人間の体の細胞は毎日細胞のコピーができては古い細胞が死ぬ。またその細胞のコピーができては古い細胞が死ぬ。これを21日位で繰り返しているから、親からもらった細胞はもうとっくに死んでいて、新たに自分でコピーして作った細胞を使って生きている。そして、考え方や環境の変化、加齢などにより、コピーされない細胞が出てくる。だから白髪にもなればシワも増える。
私たちは細胞が入れ替わりながら加齢しているのに、本人は全く気が付いていない。あるとき鏡を見てびっくり。老けた・・・とショックを受けて気が付くくらいだろう。
村上和雄教授は生と死はペアーだとおっしゃってらした。つまり、ずっと同じでもなく、ずっと継続されているのでもなく、死と生が繰り返されている。私たちの体の中の細胞が生と死を繰り返しているように、私たちももしかしたら地球の一細胞として生と死を繰り返しているのかもしれない。それが、日本という国が江戸、明治、大正、昭和、平成と綿々と受け継がれてきているけれど、全く違う世の中になっている。
私たちの体の中の細胞同士が喧嘩をしたり戦争をしたりすることはない。もし胃の細胞と心臓の細胞が喧嘩でもされたらたまったものではない。しかし、私たち人間は地球の一細胞である可能性が強いのに、戦争ばかりしている。そろそろ武士道を精神に取り入れて、細胞同士の無駄な争いを止めないと、地球が危ないように思う。
300年弱戦争をしない民族も地球上では日本だけだったようだし、今も事実戦争をしない年月が65年続いている。第二次世界大戦後戦争をしていない国を挙げてみたらいい。日本は本当に平和な国といってよいのではないだろうか。明治維新の時も、西欧諸国が船に乗って攻めてきた。日本は戦争を仕掛けているのではなく、戦争を仕掛けられている国といってよいのではないか。
竹島、尖閣諸島、北方領土、また外国から仕掛けられている。
日本から仕掛けたのではない。
もう少し、国民がみんなで考えることも必要なのではないだろうか。
そして、戦争のない地球にするためには、どうしたら良いか? をもっと真剣に考える必要がある。
武士道は戦争をしない国を作るために必要な心構えでもあると思う。他者を思いやり、日本が地球上の母なる存在の国となったら、だれも戦争を仕掛けてこないだろう。今はまだ、「のび太君」(漫画『ドラえもん』の登場人物)くらいにしか思われていないのだろう。日本人一人一人がもっと成長することが、国を守ることにつながっている様に私は思う。

ポジティブシンキング=プラス思考

2010年11月3日

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27回目のテーマは「ポジティブシンキング=プラス思考」
聞き飽きる位聞いている言葉だと思います。ポジティブにした方が良いことは誰でももうわかっています。しかし、辛い時、苦しい時、八方塞の時にポジティブになるにはどうしたら良いかが分からなくなってしまうのですね。村上和雄先生のご著書にも書いてありましたが、マイナス方向に物事をとらえてしまうと遺伝子がオフになってしまうと。マイナスな言葉「ダメ」などは早く封印するか追い出してしまった方が良いそうです。
しかし、危機管理をする部分、保障の部分にまでどうやってポジティブシンキング、プラスの言葉使ったらよいのか?確かに保障問題や保険などでは、万が一ダメだった場合には・・・という言葉で仮定しないことには話が進みません。それすら、きっと大丈夫だからといって目を瞑っては、保障もうけられなくなります。また辛い時に考えないのは危機管理ができていないということだ、と思いたくなります。
そこで、デールカーネギーの著書に書いてあったように「悪い予想をすべて書き出し、それに対する対処策を書く。そして書き終わったら、悪いことが起きるまで引き出しの中に入れてしまい、封印して出さない。そして悪いことは忘れる」をすればいいのです。これをしてからは一切悪いことは考えない。そうすることで幸せに逆境を乗り越えることができるということなのです。逆境は成長を与えてくれます。
悪く取らずに、良くなった自分を想像して、リラックスして淡々と努力していきましょう。

「武士道と経営」その2

2010年11月1日

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26回目のテーマは「武士道と経営」その2
10月1日の武士道ワンポイントレッスン「武士道と経営」その1 で掲げた問題の答えです。
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経営者の4つタイプ
① バランスシートとにらめっこをしながら、節約を言い渡す人
② グループを作り、チームごとに費用対効果を競わせる人
③ 成果が上がったらその都度上乗せして手当を出して、意欲を上げようとする人
④ 社員と一緒になって働き、朝も誰よりも早く出勤し、一緒に掃除もして後ろ姿を見せる人
果たしてどの経営者が一番業績を上げることができるか考えてみてください。その理由も考えましょう。

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答えは、②です。
 一時、勝ち組負け組という言い方がかなり流行りました。それは、日本人が勝ち負けをかなり意識しているからに他なりません。ですから、1対1で競争をすることを考えるだけで意欲がなくなってしまう人がいるはずです。「競争が嫌いだから競争をしない」という人に限って競争心がとても強いのです。だからこそ、負けたくないから、負けることを考えるだけでも不安になるから、競争そのものを避けてしまうのです。だから、競争が嫌いなのではなく、競争で負けたくないのです。また、勝つまでの努力もするのが嫌だというのが本人すら気づいていない、深層での本心でしょう。人間の心理というのは不思議なものですね。
 その様なわけで、グループごとに戦わせられたら、負けても仲間がいます。一人で悔しさを味わう必要がありません。そして、勝つための努力も一人で黙々としなければならないということもなく、協力しながらできます。これがグループでなく個人であった場合は、裏切られそうだったり、出し抜かれそうだったりして、なかなか本音で話して協力することなどおいそれとできやしません。グループですと、その点リラックスしてゲーム感覚で競争ができるのですね。
 その時、成果で競い合うと「不公平だ」と何かにつけて不満が出ます。ところが費用対効果ならば、節約と命令しなくても節約したくなるのが人情です。費用対効果で戦うとは、人件費、光熱費、家賃、諸経費などすべてを時間割して金額を出し、売り上げなども時間で割って一時間あたりの売上高を出しておきます。そうすることで働いたことにより、儲けが出たのか余剰がでたのか明確になります。それによって、働き具合が明確になるのです。あまりに恵まれた環境を作るよりも、間違いなく成果が出ます。もちろん、仕掛け方も大切ですから、視点を沢山持っていないとなりませんけどね。
① は意欲をなくしてしまいます。ケチとか、うるさいと思われてしまいます。
② ―
③ では、お金を出さないと働かなくなります。またお給料をもらってもありがたいと思わなくなり当たり前になってしまいます。何か用事を言いつけると、いくらくれるの? という感覚で、楽しく仕事をする雰囲気ではなくなります。
④ は、余程社長自身が信念を持って取り組むのでなければ、社長がやってるなら、やっていてもらえばいいか・・・・と社員がなった時に、社長自身がイライラするだけです。また軌道に乗せるまでには、とても長い年月がかかりますから、それを覚悟でやれるのなら良いでしょうが、下心を持って始めるならやめた方が良いでしょう。
 仕事は楽しくすれば遊びよりも達成感を得られて面白くなります。だからこそ、ゲーム感覚で取り組める方法を見つけるのは、子供用の勉強教材だけではなく、大人の仕事の世界にも通用するということです。

第6回人間力向上セミナー【東京】

2010年10月31日

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埼玉県立がんセンター泌尿器科部長の影山幸雄先生が講演くださり、命と武士道の関係をみんなが理解できた素敵な一日でした。
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東京はどうしても年齢が高くなりがちでしたが、今回は20代30代が目立ち、本当に老若男女会員非会員問わず33名もの方がご参加くださいました。スタッフや講演者を含めると35名にもなりました。
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言葉を音としてとらえると、感情をセーブするためのフィルター役になるという教えも頂きました。言葉は自分も相手も変えてしまう強力なエネルギーで、嘘や中傷、悪口は自分を不幸に導いてしまうから、優しく慈愛を込めた方が良いとのことでした。
綺麗な心を楽しむことがよく、それは安らぎを楽しむ事だそうです。
良い話を聞き、みんなで和気あいあいと話した後は、とても気持ちがよく会場がとても良いエネルギーで満ち溢れていました。
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竹田先生が本当に体が大変な状態なのに、わざわざ歩いてお越し頂き、心から武士道協会を応援してくださっていることが、嬉しくてなりませんでした。ありがとうございました。
これからの武士道協会は「命と武士道」という切り口も持って活動して参ります。医療に武士道を取り入れる取り組みです。どうか楽しみにしていてください。
(武士道協会ホームページに関連記事)↓
http://www.bushido.or.jp/#news_20101031

名古屋の本山でさむらいスクール

2010年10月23日

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10月23日の日記
名古屋の本山でさむらいスクールを開きました。
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東山線の本山駅を降りて、坂を上っていくと、右手に大きな観音様。桃厳寺です。織田信長の父信秀公の菩提を弔う為に二男の信行公が建てたお寺だそうです。坂を登り切ったあたりに会場があります。
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加藤さんが居合道をなさっているのと、彩ちゃんが空手をしているので二人で勝負を!!
なんでルールが必要なの? とみんなで考えました。
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その後、全員で2人組になってチャンバラの真剣勝負のつもりが、最初は照れてしまい、なんとなくわざとらしい戦いに・・・しかし、終わりは剣道さながら真剣にたたき合い、新聞紙の剣が折れてしまいました。
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今日は、友達に声を自分からかけることの大切さを学んで頂きました。
そして、ルールがなぜあるのか、ルールをなぜ守らなければならないのかなどを考えました。いつも、動画やテキストに慣れている子供たちは、考えなければならない環境に戸惑っていました。でも最後には、お友達に今日のことを話してあげる、声をかければよかったと嬉しい感想を頂きました。中学2年生の彩ちゃんは、空手を習っているから学内でのイジメのターゲットからは除外されているとのこと。やはり武道は護身と自信のために必要なんですね。
武士道協会の副理事長の山谷えりこ参議院議員は、合気道をなさっていて、学校教育に武道を取り入れるように働きかけてくださった張本人。武士道は道徳の役割ですから、やはり学校教育に道徳も復活させて、両輪として教育を支えてほしいですね。
会場を提供してくださったスタジオパーク四谷の太田真理代表、本当にありがとうございました。
お父様やお母様に自信を持って育児をして頂き、日本の将来を担く子供を育成するためにも武士道を知ってほしいとおっしゃっていただき、本当に嬉しく思いました。
武士道協会ホームページに関連記事
http://www.bushido.or.jp/#news_20101023

水澤心吾さんの一人芝居

2010年10月21日

水澤心吾さんの一人芝居
『決断 命のビザ ~“SENPO”杉原千畝物語~』
のパンフレットができました。

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詳細はこちら↓
http://www.bushido.or.jp/pdf/2010/20101128_seminar.pdf
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第7回人間力向上セミナー は、下記の要領で行われます。
2010年 11月28日(日) 12:30~16:00(開場12:20)
12:30 レ・ベルフルールによるピアノトリオ生演奏
13:00 ご挨拶
13:10 一人芝居『決断 命のビザ ~“SENPO”杉原千畝物語~』
             一人芝居 水澤心吾氏

15:00 対談 水澤心吾氏 と 本多百代協会常務理事
16:00 閉会
参加費:3000円 (定員になり次第締め切らせていただきます)
会場:PHP研究所 東京本部12階(地下鉄半蔵門駅、5番出口右隣東急ビル)
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申込み:ご参加ご希望の方は、以下のリンクページより、ご希望されるセミナー名をご記入の上、 お申込下さい。お申し込みは
こちら⇒http://www.bushido.or.jp/contact.html
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人間力向上セミナー【東京】のご案内

第6回人間力向上セミナー
日時 : 10月31日 9時~13時
場所 : PHP総合研究所
      メトロ半蔵門線半蔵門駅五番出口直結
内容 :
  ◎9時30分~10時
   レ・ベルフルール による  ヴァイオリンとピアノデュオ生演奏
  ◎10時~開始のご挨拶
  ◎10時10分~10時~45分
    講話:影山幸雄先生
       埼玉県立がんセンター泌尿器科医師
       医療に本格的に“心”を取り入れた医師
    演題『人の命とは…病気に負けない心』
  ◎10時45分~11時~30分
    対談 : 影山幸雄先生 対 本多百代常務理事
  ◎11時30分~12時
    ブレーンストーミング
  ◎12時~
    発表、講評
会費 : 会員無料
   非会員1000円
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申込み:ご参加ご希望の方は、以下のリンクページより、ご希望されるセミナー名をご記入の上、 お申込下さい。お申し込みはこちら⇒http://www.bushido.or.jp/contact.html
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武士道の国際版 トルコ編

2010年10月20日

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武士道

先日、真に日本人として誇れる、魂が熱くなるような素晴らしいメールを友人から頂きました。武士道の国際版です。
この歴史を、多くの日本人に知ってほしいと思います。
とても良い話(今から約140年前起きた遭難事故から115年後の恩返しです)
このような日本国を誇りに思います!
和歌山県の南端串本に大島がある。その東には灯台がある。
明治三年(1870年)にできた樫野崎灯台。今も断崖の上に立っている。
石造灯台として現役で最古の灯台。
台風が大島を襲った。明治二十三年九月十六日の夜であった。
午後九時ごろ、どどかーんと、風と波をつんざいて、真っ暗な海のほうから音がした。
灯台守(通信技手)は、はっきりとその爆発音を聞いた。
何か大変なことが起こらなければいいが」灯台守は胸騒ぎした。
しかし、風と、岩に打ちつける波の音以外は、もう、何も聞こえなかった。
このとき、台風で進退の自由を失った木造軍艦が、灯台のほうに押し流されてきた。
全長七十六メートルもある船。
しかし、まるで板切れのように、風と波 の力でどんどん近づいてくる。
あぶない!灯台のある断崖の下は「魔の船甲羅」と呼ばれていて、海面には、 岩がにょきにょき出ている。
ぐうぐうわーん、ばりばり、ばりばりばり。船は真っ二つに裂けた。
その瞬間、エンジンに海水が入り、大爆発が起きた。
この爆発音を灯台守が聞いたのだった。
乗組員は海に放り出され、波にさらわれた。またある者は自ら脱出した。
真っ 暗な荒れ狂う海。どうすることもできない。波に運ばれるままだった。
そして、 岩にたたきつけられた。 一人の水兵が、海に放り出された。
大波にさらわれて、岩にぶつかった。意識を失い、岩場に打ち上げられた。
息子よ、起きなさい、懐かしい母が耳元で囁いているようだった。
「お母さん」という自分の声で意識がもどった。
真っ暗な中で、灯台の光が見えた。
「あそこに行けば、人がいるに違いない」
そう思うと、急に力が湧いてきた。
四十メートルほどの崖をよじ登り、ようやく灯台にたどり着いたのだった。
灯台守はこの人を見て驚いた。服がもぎ取られ、ほとんど裸同然であった。
顔 から血が流れ、全身は傷だらけ、ところどころ真っ黒にはれあがっていた。
灯台守は、この人が海で遭難したことはすぐわかった。
「この台風の中、岩にぶち当たって、よく助かったものだ」と感嘆した。
あなたのお国はどこですか?
「・・・・・・」
言葉が通じなかった。
それで「万国信号音」を見せて、初めてこの人はトルコ人であること、船はトルコ軍艦であることを知った。
また、身振りで、多くの 乗組員が海に投げ出されたことがわかった。
「この乗組員たちを救うには人手が要る」
傷ついた水兵に応急手当てをしながら、灯台守はそう考えた。
「樫野の人たちに知らせよう」
灯台からいちばん近い、樫野の村に向かって駆けだした。
電灯もない真っ暗な夜道。人が一人やっと通れる道。
灯台守は樫野の人たちに急を告げた。
灯台にもどると、十人ほどのトルコ人がいた。全員傷だらけであった。
助けを求めて、みんな崖をよじ登ってきたのだった。
この当時、樫野には五十軒ばかりの家があった。
船が遭難したとの知らせを聞いた男たちは、総出で岩場の海岸に下りた。
だんだん空が白んでくると、海面にはおびただしい船の破片と遺体が見えた。
目をそむけたくなる光景であった。村の男たちは泣いた。
遠い外国から来て、日本で死んでいく。男たちは胸が張り裂けそうになった。
「一人でも多く救ってあげたい」
しかし、大多数は動かなかった。一人の男が叫ぶ。
「息があるぞ!」
だが触ってみると、ほとんど体温を感じない。
村の男たちは、自分たちも裸になって、乗組員を抱き起こした。
自分の体温で彼らを温めはじめた。
「死ぬな!」「元気を出せ!」「生きるんだ!」
村の男たちは、我を忘れて温めていた。次々に乗組員の意識がもどった。
船に乗っていた人は六百人余り。そして、助かった人は六十九名。
この船の名はエルトゥールル号である。
助かった人々は、樫野の小さいお寺と小学校に収容された。
当時は、電気、水道、ガス、電話などはもちろんなかった。
井戸もなく、水は雨水を利用した。 サツマイモやみかんがとれた。
漁をしてとれた魚を、対岸の町、串本で売ってお米に換える貧しい生活だ。
ただ各家庭では、にわとりを飼っていて、非常食として備えていた。
このような村落に、六十九名もの外国人が収容されたのだ。
島の人たちは、生まれて初めて見る外国人を、どんなことをしても、助けてあげたかった。
だが、どんどん蓄えが無くなっていく。ついに食料が尽きた。
台風で漁ができなかったからである。
「もう食べさせてあげるものがない」
「どうしよう!」
一人の婦人が言う。
「にわとりが残っている」
「でも、これを食べてしまったら・・・・・」
「お天道様が、守ってくださるよ」
女たちはそう語りながら、最後に残ったにわとりを料理して、トルコの人達に食べさせた。
こうして、トルコの人たちは、一命を取り留めたのであった。
また、大島の人たちは、遺体を引き上げて、丁重に葬った。
このエルトゥールル号の遭難の報は、和歌山県知事に伝えられ、そして明治天皇に言上された。
明治天皇は、直ちに医者、看護婦の派遣をなされた。
さらに礼を尽くし、生存者全員を軍艦「比叡」「金剛」に乗せて、トルコに送還なされた。
このことは、日本中に大きな衝撃を与えた。
日本全国から弔慰金が寄せられ、トルコの遭難者家族に届けられた。
次のような後日物語がある。
イラン・イラク戦争の最中、1985年3月17日の出来事である。
イラクのサダム・フセインが、
「今から四十八時間後に、イランの上空を飛ぶすべての飛行機を撃ち落とす」
と、無茶苦茶なことを世界に向けて発信した。
日本からは企業の人たちやその家族が、イランに住んでいた。
その日本人たちは、あわててテヘラン空港に向かった。
しかし、どの飛行機も満席で乗ることができなかった。
世界各国は自国の救援機を出して、救出していた。
日本政府は素早い決定ができなかった。
空港にいた日本人はパニック状態になっていた。
そこに、二機の飛行機が到着した。トルコ航空の飛行機であった。
日本人二百十五名全員を乗せて、成田に向けて飛び立った。
タイムリミットの一時間十五分前であった。
なぜ、トルコ航空機が来てくれたのか、日本政府もマスコミも知らなかった。
前・駐日トルコ大使、ネジアティ・ウトカン氏は次のように語られた。
「エルトゥールル号の事故に際し、大島の人たちや日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、今もトルコの人たちは忘れていません。
私も小学生のころ、歴史教科書で学びました。
トルコでは、子どもたちさえ、エルトゥールル号のことを知っています。
今の日本人が知らないだけです。
それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです。」

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