精神的に強い者(克己心)

2010年10月20日

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28回目のテーマは「精神的に強い者(克己心)」
自分に打ち勝つ強さ。
お不動様が左手に持っている羂索(けんさく)は縄を意味している。
この羂索はもともと仏教を信じない輩を教化するために、引き寄せたり縛ったりするものだったが、日本では、それに欲望を戒め自己に打ち勝つために使うものという意味が含まれている。
欲望を抑えて克己心を育てることは大変難しいことである。
自由・平等・平和 と今の人たちは謳い、人権を声高に主張する。
しかし、本当の自由とは何なのであろうか?
  
航空機に搭乗すると、常にシートベルトによって縛られている。
そして、離着陸時や乱気流に遭遇したときは、トイレすら行くことを許されない。
不自由さを感じるはずだ。
しかし、その航空機がアフリカのジャングル付近に到着し、
「さあ、今から降りて自由にしてください」
と放り出されたらいかがなものか。
いつ猛獣たちに襲われるかわからない。
蛇、毒虫、何がいるかわからない。
その時、身を守るために先ず自分のまわりに囲いを作ろうと思うのではないか?
広々としたジャングルでの自由って何を持っていうのだろうか?
人間が欲望を克己心により抑え、自分の感情に振り回されずに穏やかに精神的に穏やかに暮らせること、これが本当の自由というのである。
つまり、欲望に支配されず、感情に支配されず、自由な心でいること、これを自由というのであり、欲望に身をゆだねて他者の迷惑も考えずに好き勝手なことをするのは、自由奔放といって、自由という表現とは分けている。
本当の自由は、誰にも、どの様な事にも支配されたり、翻弄されたりしない心を持つことである。
つまり本当の自由が欲しければ、不自由さを楽しむことが前提であろう。
それには、小さい時から公徳心である武士道精神を植え付けなければ、種のないところから芽はでないのだから、克己心のある人間を育てることはできない。
ある一人の先導者を、素晴らしいと思うように仕向けられる教育は、最も不自由ということだ。
だから、民主主義がいいと誰もが思うのだが、民主主義は一人一人の人が、正しい知識と判断力を備えていなければ、成立しないことも理解しておく必要がある。
民主主義国家で無責任な国民ばかりがいたら、国は滅びる。
無責任な国民とは、誰かが何とかしてくれるだろうと思っている人、悪いのは政治家だと思っていて自助努力をしない人である。
さあ、それでは本当の自由を手に入れるためには何をすべきなのであろうか?
それは、活学をして、多くの偉人の中から尊敬する生き方をした先人を見つけてわくわくする気持ちを味わうことだ。
そして、その偉人の生き方を真似ることで、己を律する事ができるようになる。
心を律する事が克己心であり、本当の自由を得ることであることに、早く気が付くことができたら、競って武士道を学ぶはずではないだろうか。
 また我慢をすることと克己心を持つことの違いも正しく理解しておくことが必要である。

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