勝者と敗者

2010年7月6日

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武士道ワンポイントレッスン
16回目のテーマは「勝者と敗者」
ウルトラマンや仮面ライダー、遠山の金さん、水戸黄門、暴れん坊将軍など、昔からヒーロー物語を見過ぎてか見続けてきた我々は、勝者が正義で敗者は悪物という固定概念に縛られてはいませんか?
本当に勝者が正義の味方で正しいことをしているのでしょうか?
実際のところ勝者は、ただ喧嘩が強いだけ、腕力が強いだけということもありますよね。
また、ズル賢くて策士だったり…という場合も多々あります。
要は、喧嘩が強くなければ戦争や戦いには勝てないわけで、いくら清く正しくても喧嘩に弱ければ負けてしまいます。
そして、戦争に負けた側の歴史は必ず消されます。
特に美談などは絶対に伝わりません。
たとえ残ったとしても、ずっと後世になってから取り上げられますが、もちろん勝者の様に崇め奉られることはありません。
会津藩もそうですね。
実に誠実で、正しく清く勤勉でした。
戊申戦争で会津藩士たちは自分たちのためにではなく、将軍家のために戦いました。
女性までが男装して戦わなければならないほど劣勢で悲惨な状態だったのです。
男装しなければならなかったのは、女まで使っていると、嘲り笑われないためだったのです。
その時将軍はさっさと大政奉還して生まれ故郷の水戸に帰ってしまっていたのに…。
でも負けてしまったので、なかなか表舞台に立てませんでした。
言い換えれば、時代の変化を見抜く力が足りなかったともいえますが、その場に立ったら口で言うほど簡単ではありません。
これから歴史は敗者のものも取り上げることが大切ではないかと思います。
死刑になったフセイン氏は本当に数々の残虐な行為をしたのでしょうか?
事実なら何故そのようなことをしたのでしょうか? 
もっと正しく取り上げていたら、テロがここまで酷くなはならなかったかもしれません。
というよりも、フセイン氏を死刑にした本当の理由見えてくるかもしれないですね。
でも、本当に残虐だったのかもしれないし、我々には本当のことがわからないというのが真実です。
もちろん、勝者が正しい場合も沢山あるでしょう。
明智光秀が豊臣秀吉に勝って天下を治めていたらどうだったでしょう?
きっと、信長も秀吉ももっと悪党扱いされていたかもしれませんね。
それに、細川ガラシャ夫人も自害せずに済んだことは確かですが、キリシタン王国になっていたかもしれません。
そうしたら、間違いなく植民地になっていたでしょうね。
こうやって想像するだけでも、楽しいものです。
だから歴史がすきになるのです。
年表の丸暗記では嫌いになって当たりまえです。
過去の人たちの生き方を学び、それを手本にしたり、反面教師にしたりすることで人間力が高まります。
だからこそ、大東亜戦争後GHQに国史(日本史)の活学を禁止されたのでしょう。
日本人には世界に誇れる素晴らしい先人が沢山が生まれています。
そういう人たちの生き様を学校教育で教えてくださるようになったら、自殺も減るのですが・・・
なぜ学校教育で徳育と活学を取り入れることを反対するのでしょう?
不思議でなりません。
今の歴史は勝者の歴史です。
だから大東亜戦争(第二次世界大戦)に勝った国が残したの歴史を我々は学んでいます。
敗者である日本人の歴史、それは明治維新の会津の歴史の扱い方と似ていると思います。
白虎隊と特攻隊。
やはり本当に正しい歴史をこれから学びたいですね。
敗者は悪者ではありません。
お金がなくて武器が調達できなかった人であったり、卑怯なことを全くしなかった人だったかもしれません。
われわれ日本人は悪者だから戦争に負けたのではありません。
もう一度、敗者の視点で歴史を掘り起こす作業をしていきたいですね。
岐阜の飛騨高山にも、敗者の歴史が隠されています。
古事記で有名な“稗田阿礼”は“飛騨の阿礼さん”らしく、今も阿礼さんの末裔がいらっしゃるそうです。
この辺をきちんとしていくと、同和問題までが解決されると聞いています。
勝者と敗者、この関係を、善人と悪党という解釈にすることは今日からやめましょうね。

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