洗脳と信念

2010年8月14日

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『私も一言物申す』 世の中に一言!! 一言私にも言わせて(^。^)
第10回目のテーマは「洗脳と信念」
実は洗脳されているのは、今生きている我々です。
日本軍の兵士たちではありません。
新興宗教団体だけではありません。
宗教にのめりこむと怖い・・・これは誰で思う事でしょう。
新興宗教を信仰している人からはお叱りを受けるかもしれませんが・・・一般論を書かせていただきます。
宗教にのめり込むと、自分自身の判断力も決断力もなくしてしまい、教祖の言いなりになって自分や家族の行為行動の判断までゆだねてしまいます。
これは宗教だけではなく、有る特定個人に対してでも当てはまりますし、また、暴走族や一般企業の営業畑などの組織でもカリスマ性の高い統率者の下では有り得る事でしょう。
それを宗教では「教えに従う」とか「すがる」などという表現をし、その他組織では「掟に従う」とか「決まりや規則・規定に従う」と表現をしているはずです。
要は、その教えに従うことを自分だけでなく、周囲にも強制したり、言い張ったりするところに問題があります。
掟であっても規則であっても、周囲の状況や社会的迷惑なども加味せずに、強制的に従わせてしまう事が問題だと思うのです。
これは、何年か前にサリン事件を起こした新興宗教団体で、立派な学歴や知識を持った人が罪を犯していきました。
しかも、イジメやリンチをしていました。
正しい生き方を教えているはずの宗教団体がリンチや人殺しをしていました。
でも、世界では宗教戦争がとても多いですよね。
不思議でなりません。
それでは、このような恐怖なできごとは新興宗教だけかというと、そうではないのです。
カリスマ性があるリーダーなどと表現される人がいる集団にも近いものがあることをご存知でしょうか。
私が聞いた営業畑の例では、
「一日に必ず○本の成果を上げて来い」と言われ、夜の10時になって「半分しか成果が上がりませんでした」と言って帰社しようとしたところ、「○本上げて来いと言っただろう、上げるまで戻ってくるな」と言われたそうです。
そこで、「もう夜10時過ぎたので訪問できません」と言ったところ、「ふざけるな、警察もコンビ二も病院だって24時間営業してるぞ」と言われ、泣く泣く活動を続けたということです。
「えー、迷惑は考えないの? それであなたは辞めなかったの?」と私が聞いたところ、「次からは早い時間から上げられるように努力したし、夜でも困ったときに行けば何とか助けてくれる所を事前に作っておきました」とその人は言うのです。
また、別の人は「テレアポ業務でアポが取れなかったら、据置電話の受話器を手にガムテープで巻きつけられ、立ったまま仕事をさせられた。疲れて座りたくなるし、メモも取りにくいから、必死になってアポを取って座れるように努力した」と言いました。
もちろん戦前の話ではなくこの10年の間のでき事で、これは、自由競争がもたらした罪だと思います。
しかし、過酷な営業戦争は営業マンにだけではなく、研究者にも襲い掛かっているのです。
今までは五年かけて研究をして新しい製品を作り生み出していればよかったのに、最近は毎年新製品を生み出さなければならないそうです。
だから、じっくり研究に取り組む事が許されず、研究者の欝や自殺が増えてきていると聞いたことがあります。
何故、新興宗教にしろ、会社であっても、その他組織でも、この様な悲惨な結果を生むのでしょう。
それは、ある空間にいると、服従することしか考えられず、自分で決断することができなくなってしまうのではないでしょうか。
不良青少年団体(どの様な表現をしたら良いのか分からずこの様に書きました)のリンチ事件や、新興宗教団体のお布施で、教祖の指示に従い、配偶者や家族に無断で財産の総てを寄付してしまって一家が泣いて暮らしているなどと良く聞く話です。
それだけでなく、企業内パワーハラスメント、学校内アカデミックハラスメント、どれもこれも根っ子は同じなのではないでしょうか?
これを洗脳されている状態といわずしてなんと表現したらよいのでしょう?
なぜ教祖の言う事をそこまで信じて言いなりになってしまうのでしょうか?
なぜ横暴な上司の言う事を周囲までが聞いていじめをするのでしょうか?
また、権力を盾に弱い者いじめで憂さ晴らしをしているのは何故なのでしょうか?
それは、支配者と服従者それぞれが、各個人の中に、基盤となる考え方の規範がないからです。
総ての判断が損得勘定だから、悪いことでもするし、良い事でもしないし、我慢をして満足しているのです。
つまり、家には大黒柱が必要ですが、その柱となるものがないから、普段はいいのですが有事の場合に大問題が起きてしまいます。
その考えの規範が理念であり信念です。
例えば会津什の掟にある「ならぬことはならぬのです」これが人間の信念になるのです。
人の嫌がることはしない ⇒ 惻隠の情
人に迷惑になることはしない ⇒ 恥の概念
人が喜ぶ事をする ⇒ 礼儀
わがままをせずに周囲のことを考える ⇒義の精神
などが、教えられていないから、信念をもてないのです。
過去の日本軍の一部のみを大きく取り上げて、65年も経った今、こんな日本にしてしまった人間がとやかく言えるでしょうか?
大日本帝国軍は少なくても、国(故郷)に残してきた家族を守るためという信念があって自分以外の人の為に命を投げ出していました。
今現在起きていることは、自分の強欲を満たすためであって、自分以外の人を守るためではないですよね。
やはり、終戦記念日を前日にして、改めて今の日本に道徳教育が必要だと声を高くして申し上げたいのです。
GHQの対策で、私たちは大切な愛国心・道徳(修身)教育・活学(歴史上実在した偉人の生き様を学ぶ)を捨てざるを得ませんでした。
それなら、そのGEQから独立した時、取り戻す必要があったのです。
歴史は勝者によって作られるのは当たり前の事実です。
勝者は聖人や賢者だから勝ったのではなく、喧嘩がつよかったのです。
戦略より、優れた武器を持っていたからです。
つまり、オタクになっていても、発明力があればよかったのです。
それなのに、いつまで経っても必要な愛国心を取り戻さずに今日まで来たのですから、悪いのはGHQではなく、それを決断した日本人の当時の政治家ではないでしょうか?
現在起きていることは、間違いなく過去の結果です。
60年経てば還暦といい、一巡して、総ては始まり(基点)に戻るのです。
だから、今さら66年以上前の戦争の事を持ち出すこと自体、浅はかで無知と言えるのではないでしょうか。
今は前の60年間にしてきたことが結果となって現れてくるのです。
戦前戦中のことはもう終わった事と捉える方が賢いと思います。
だからこそ、自民党だの民主党だのと党を言っておらず、総てが協力して日本の道徳再起を図って、愛国心が高く、安心して暮らせる日本を再生して欲しいと思います。
外国籍の外国に居住する子供に、なぜ育児手当や子供手当てを出す必要があるのでしょうか?
出したければ、出すと決断した人の個人資金で賄ってはいかがでしょうか?
そのくらいの判断ができない政治家や官僚を生んでしまった事に、国民全員が反省する必要が有ると思います。
全員で反省すればよくなると思います。
もう一点を見て、騒ぎ立てるのはやめにしませんか?
憲法9条だって、そこだけを見ていてとやかく言っても、何も解決しないどころか周辺の国々に侵略されてしまいます。
戦争を絶対に興させたくないなら、世界を納得させる必要があると思います。
それには、日本という国が世界にとって必要で大切な国になるのです。
それは、どうしたら成れるのでしょうか?
それを武士道協会で発信して行きたいと思っています。
今、子供たちに道徳教育をしなかったら、子供の将来に幸せはありません。
どうか皆さん協力してください。

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