矛盾

2010年12月5日

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33回目のテーマは「矛盾」
人生には矛盾がつきものです。
江戸時代は徳川幕府の掟で「喧嘩両成敗」というルールがありました。しかし、藩の掟では、喧嘩を売られてすごすごと引き下がってくるのは意気地なしとされました。でも、喧嘩を売られてその喧嘩を受けたならば、幕府の掟で裁かれて切腹です。喧嘩をしないで戻れば、藩の掟で裁かれて切腹か罷免されて追放です。どうしたらいいの? 疑問です。
こんな理不尽な話はないし矛盾していると、私は当初腹立たしく思っていました。私はこのことをずっと5年間考えた末に答えが見つかりました。今になってこの矛盾が解けて理解できるようになりました。喧嘩を吹っかけられたらもうお終いなのです。喧嘩を売られること事態、平素の心がけが足りないという結果なのです。喧嘩を売る人と売られる人は同じ穴のムジナで同類だと言いたかったのではないか・・・ということです。
私もパワハラに遭った時、上司たちを責めていましたが、私にもターゲットにされる難所があったのだと後になって反省しました。もちろん、その時のずるい上司を好きにはなれませんし、これからも仲よくしたいとも思いません。ずっと見返してやりたいと思っていました。でも、この謎解きができた時、見返すとか悔しいとか腹立たしいという気持ちが、スーッと消えてしまいました。全てが自分との闘いでしかなかったということが理解できたからです。
いじめられない様にするには、信念を持って、自信をもって、自分に誇りをもって、堂々と振る舞うことです。ということは、厳しい冷たい言い方に聞こえるかもしれませんが、詐欺をする人と詐欺をされる人は同じ土俵にいるということになるのです。もちろん詐欺をする加害者が悪い人で、詐欺される被害者は悪くはありません。ただ隙があるというところを言っています。
以前銀行で若い警察官が「オレオレ詐欺にお気をつけください」と言って、キャッシュディスペンサーに並んでいる人にチラシを渡していました。その時、「大変ですね」と警察官を気遣ったのは若い世代の人でした。肝心要な老人は「俺は気をつけてるから詐欺になど遭わない」と冷たく言い放ちチラシの受け取りを拒否していました。
警察官だって好きでチラシをわたしていたのではないと思います。仕事で、上司命令でしょう。拒否されて戸惑いを隠せず、手持無沙汰な表情になっていました。若い警察官に気配りができなかった老人を見ていて、心に木枯らしが吹いているようでした。相手の気持ちや立場を考えずに自分の立場ばかり考えているから、老人相手に詐欺ができてしまうのではないでしょうか。
この老人が詐欺に遭うか遭わないかは分かりません。この老人とは関係ありませんが、ニュースに「振り込みを止めた銀行員を突き飛ばして怪我までさせて振り込んだのに、それがオレオレ詐欺で被害を受けてしまった」と掲載されていました。自分の目先の事しか考えられない、という視点から判断したら、この被害者と詐欺をした加害者は同じ土俵にいますね。
つまり、人間力を高めて、他者の立場や思いを理解することができるような、徳の高い人間になることが土俵を違えることができるということではないでしょうか。江戸時代は平素から喧嘩を売られないような心がけをすること、を求められていたとも言えますね。
武士道が人々の生活の中に存在していた時は、喧嘩を売られない様に注意をして、自分を高めておくことが当たり前であった、と私には理解できたのです。だから、日本は右側通行だったのです。刀は左側にさします。刀にぶつかられたり、触れられたりしたら、間違いなく江戸時代は喧嘩になりました。すごすごと引き下がることは意気地なしですから、こういう時は必ず「待て!!」となったことでしょう。そうなると、どっちに転んでも切腹です。だから、立ち止まっている時、歩いている人が刀にぶつかってこない様に、左側によけて右側を歩かせたのだそうです。
余談ですが今、東京はエスカレーターで左に立ち、右側を歩きます。でも、大阪は大阪万博以来、欧米に合わせて右側に立ち、左側を歩きます。これは日本古来のしきたりからしたら、東京が正しいということになります。車の往来も、日本は左、西欧は右と反対です。
矛盾についての結論は、矛盾しているように見えることでも、良く考えると道理に合っていることもあるということなのですね。

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