「天地⾃然の理法と共に⽣きる」講演者:岩瀬 貴洋

武⼠道協会第⼆回勉強会報告書
テーマ:「天地⾃然の理法と共に⽣きる」
内容:『代表的⽇本⼈』(内村鑑三著)を通じてテーマについてディスカッションする

はじめに

本勉強会の⽬的は、武⼠道協会の武⼠道憲章第⼀条「天地⾃然の理法と共に⽣きる」という理
念を、より深く理解し、現代において倫理的に実践する⽅途を模索することにありました。
そこで取り上げたのが、内村鑑三の名著『代表的⽇本⼈』です。登場する五⼈の偉⼈たちは、
まさにこの理念を個々の思想と実践によって体現した⼈物たちであり、私たちにとっての現代
的な“武⼠道の⽣き⽅”の指針となる存在といえます。

担当者報告

武⼠道を考える上での基本原理でもあり、且つ、武⼠道を総括した考えでもある「天地⾃然の
理法と共に⽣きる」という憲章項⽬を今回のテーマとして考えた時、『代表的⽇本⼈』がとて
も良いテキストになっていると感じ、勉強会の内容を決めました。
なぜ良いテキストだと感じたのか?それはこの本の中で内村鑑三が⾔いたかったことが、
「天」と「徳を持って⽣きる」という2 点にあると感じていたからです。
「天」という存在⾃体と実際の⽇常の中でどのように天を意識して⽣きるか?ということを、
⽇本⼈特有の伝統的な美徳として考え、それらを体現した代表⼈物5 ⼈を取り上げるという内
容に、個⼈的に⾮常に共感を持ち、勉強会当⽇も「天理」「武⼠道」「徳」についての深い議
論が展開できたと思います。
勉強会の内容としては、当⽇までにそれぞれ本を読み、当⽇は1 部:【内村鑑三の⽣涯】の私
からの説明、2 部:【参加者の読後感共有】、3 部:【テーマについてのディスカッション】
を⾏った。

内村鑑三の⽣涯

内村鑑三の思想の根本にあるのが、⽇本の武⼠階級で伝統的に受け継がれてきた漢学と惟神の
道という考えです。⾼崎藩の武⼠で漢学者でもあった⽗から、4 歳頃より『⼤学』などの漢学
の精神を学び、名前にある通り、⾃らを省みる姿勢を徹底して教育されていたのだと思います。
また、⼩さい頃より家庭での⾵習から四⽅の神々を崇拝する姿勢も強く、神社を通る度に参拝
することを徹底したため、ある時などはわざわざ神社の前を通らないように出かけていったと
いうことが⾃⾝の著書『余はいかにしてキリスト教徒となりしか』に記されています。
このような⽇本的思想を強く持つ内村鑑三ですから、札幌農学校に⼊学し、イエスを信じる者
の誓約に署名をする際、同級⽣の中で唯⼀最後まで抵抗し、最終的に上級⽣・同級⽣に半ば強
制的に署名させられたということからも、内村鑑三の中では決してキリスト教⼀辺倒の考えだ
けがあった訳ではないことが分かると思います。
その後、キリスト教の教えに理想を抱き、本場アメリカでキリスト教を学ぶために渡⽶するも、
実際のキリスト教徒の「⾦」「⼈種」を根本に置いた思想や⾔動に幻滅し、帰国して教師の道
へ進み、不敬事件などを経て無教会主義活動などを展開し、著作・講演会などの活動をする⽣
涯を送った。

テーマについてのディスカッション

参加者から「この本と武⼠道との関わり(共通性)が感じられない」という率直な意⾒もあり、
「徳」「天地⾃然の理法」「天理」「武⼠」「武」の定義などから、参加者それぞれの思想敵
な考え⽅など、幅広いディスカッションができ、⼀例として参加者のお⼀⼈から感想として以
下のまとめもいただきました。
(Aさん感想まとめ)
彼らの姿勢(登場⼈物5 ⼈)は、まさに武⼠道における「⾃⼰修養」「公益への貢献」「忠誠
と誠実の実践」などに直結しており、「現代に⽣きる我々が“徳をかたちにする”ための模範」
と⾔えるのではないでしょうか。
「天地⾃然の理法と共に⽣きる」とは、古代の神秘や抽象概念ではなく、私たちが⽇々の選択
の中で、“正しく⽣きようとする意志”そのものです。その理法を胸に、武⼠道という精神を⽇
常の中に⽣かしていくことが、本勉強会を通じて得た最も⼤きな学びでした。

補⾜事項

以下に当⽇の勉強会で説明しきれなかったこと、当⽇の話し合いで出た内容などをまとめとし
て記載します。主に代表的⼈物たちの思想と「天地⾃然の理法」のつながりについて、それ
ぞれの⼈物が天地⾃然の理法に従って⽣きた背景である、彼らなりの思想的・宗教的・倫理的
根拠を記載しておきます。

※「徳」と武⼠道についての全体を通した認識
・武⼠道の徳⽬(義・仁・礼・誠・忠・名誉等)は、すべて徳の個別的現れであり、体系と
しての“徳”を内在的に前提としている。
・「天地⾃然の理法と共に⽣きる」という条⽂は、まさにこの根源的な“徳”=天の道理に従
った⽣き⽅を表現している。
・「⽞徳」という語は、⽼⼦の『道徳経』に由来する深く静かな徳性を指し、天地⾃然に従
いながら万物に調和する徳のあり⽅を意味する。これは武⼠道の根本理念と通底する思
想である。

⻄郷隆盛

基本思想:「敬天愛⼈」(道徳的摂理を敬い、⼈間関係と政治において実践すること)
思想影響:漢学からの影響が最も強いが、幼少のころから朱⼦学・崎⾨学・陽明学・禅
の影響を受ける。その後も国学・⽔⼾学などからも影響を受ける。 遠島の際
には、左伝・近思録・嚶鳴館遺草・⾔志録・貞観政要などを読み込み、洗⼼洞
箚記は座右の書として常に⾝近に置いていた
本⽂中での天と関わり:
・⼭歩きなどの際に「静かにささやく声」を聞くようにしていた
・「⼈を相⼿にせず、天を相⼿にせよ。天を相⼿にして、⼰を尽くして⼈をとがめず、
我が誠の⾜らざるを尋ぬべし」
・「誠は天地⾃然の道なるゆえ、講学の道は敬天愛⼈を⽬的とし、⾝を修するに克⼰
を以て終始せよ」
・天は全能であり、不変であり、きわめて慈悲深い存在であり、天の法は誰もが守るべ
きで、きわめて恵み豊かなものとして理解していた
武⼠道との接点:正道・無私・忠義の実践。政治を「天意の代⾏」と捉える姿勢は、ま
さに武⼠の公的責任の体現している。

上杉鷹⼭— 節度と⺠本の政治哲学

基本思想:孟⼦・朱⼦などを中⼼とした儒学の影響が強い
思想背景:師である細井平洲の教えを中⼼とした考えで、「⺠を視る、傷つくがごとし」
(孟⼦)を⽣涯の治世指針とした。「国⺠の⽗⺟たれ」を誓詞し実践。
本⽂中での天との関わり:
・「⺠の幸福は領主の幸福である」「統治が誤っているのに⺠から富を期待するのは、
胡⽠の蔓に茄⼦が実るのを期待するようなものだ」
・七家騒動で⺠の声、天の声を聴いたこと
・「籍⽥の礼」天⼦が⾃ら⽥におりて耕す儀式を実施
・平洲の教え「ゆえに君⼦は⽊を思って実を得る。⼩⼈は実を思って実を得ない」
⽊に肥料を与え実をえるように、⺠に愛を与えるを実践
・天から託された⺠を、⼤名も農夫も等しく従わなければならない[⼈の道]に導こうと
した
・⺠の幸福はどのような跡継ぎを遺すかにかかっていると考え、息⼦達に「⼤きな使命
を忘れて、私欲しか考えない⼈間にならないように」と教えた
武⼠道との接点:平洲の教えを政治に実践し、先施・興譲・節義・公益・⾃⼰犠牲を中
⼼にして⺠のために⼰を律する姿勢は、武⼠の「公に尽くす」精神そのもの。

⼆宮尊徳— ⾃然を「天意」と⾒なした農本思想

基本思想:報徳思想(⾄誠・勤労・分度・推譲)
思想背景:16 歳頃、「⼤学」にて感化を受け、漢学の影響が強い。成⽥⼭での断⾷など
仏教からも影響を受ける。
本⽂中での天との関わり:
・⾃然が正直に働く者の味⽅だと学び、「⾃然は、法に従う者には豊かに報いる」とい
う原則を持ったこと
・「⼼よりの誠意を尽くせば天地をも動かす」という信念で活動した
・全てが順調だった訳ではなく、村⼈に不満が広がった際には「天は私の誠意が⾜りな
いことを、このような形で罰している」と考え、全ての責任は⾃分にあると考え、成
⽥⼭へ21 ⽇間の断⾷。
・「天地は絶えず活動していて、我々をとりまく万物は成⻑を⽌むことがない。この永
遠の成⻑に従って、⼈が休みなく働けば貧困は求めても訪れないであろう」
・すぐに誰にでも会うというわけではなく、それで来訪者の忍耐が続かない時「まだ私
が助ける時期には⾄ってないようだ」という考え
・不誠実な⼈間は「天地の理」に反していると、相⼿にされなかった
・「⼈間は、宇宙にあっては限りなく⼩さな存在にすぎない。だが、その⼈の誠意は天
地をも動かすことができる」
・「飢饉の責任は治者にある。治者は天⺠を託されてる。(中略)有事に当たり救済策
を講じることができない場合、天に対して⼰の罪を認め、⾃ら進んで陰則を断ち、
切腹すべきです」⺠餓えてこれを救済する役⼈⼼得
・「万物には⾃然の道がある。その法則を探し出し、それに従わなければならない。そ
れによって⼭はならされ、海は⼲拓されて、⼤地は我々の役にたつようになるのだ」
武⼠道との接点:誠・節度・利他。⾃然の理に従い、社会と調和する⽣き⽅は、武⼠
道の「天地⾃然の理法と共に⽣きる」に通じる

中江藤樹— ⽇本陽明学の祖としての倫理実践

基本思想:全孝説(孝を天理とし、道徳の根本と捉える。親孝⾏は⾝近で体現できるそ
の⼀部である)
思想影響:11 歳で「⼤学」により感化を受け、漢学の影響が強い。特に晩年は陽明学
(良知=内なる天)を主体とした思想となる。仏教には否定的な⾯が強い。
が、全てを否定して訳ではない。⽇常⽣活での倫理反映を意識し、徳による
感化を実践。
本⽂中での天との関わり:
・法と道について、宇宙には道があり、⼈間が消滅し、天地が無に帰したとしても道
は残り続ける。法は時処位で変わる。
・「慢⼼は損を招き、謙譲は天の法である。謙譲は虚である。」
・「獄の外に獄あり世界を収める広さだその四⽅の壁には名誉・利益・⾼慢・
欲望がある。哀しいことに多くの⼈がその中に繋がれ、いつまでも嘆いてい
る」
武⼠道との接点:誠・孝・克⼰の実践。内なる天(良知)に従うことを通じて、⽇常
の中で「天地⾃然の理法と共に⽣きる」に通じる理法を実践。

⽇蓮— 仏教的天意としての法華経実践

基本思想:法華経(宇宙の真理)
思想影響:仏教による末世への光(新しい教え)の提⾔。「我、⽇本の柱とならん。我、
⽇本の眼⽬とならん。我、⽇本の⼤船とならん」(『開⽬抄』)
「国家諫暁の僧」として、『⽴正安国論』(「正法に帰依せざれば国は乱れ
る」)を幕府に提出。
本⽂中での天との関わり:
・⾃分の誕⽣の年⽉がブッダの予⾔・⼊滅と関連されており、そこに末世への使命観を
覚えた
・「すべては、この国で真の経典が説かれず、間違った教えが信じられているためだ。
私こそ⽇本の信仰を蘇らせる永遠の使命を与えられているのだはないか」
武⼠道との接点:忠義・誠・義。命を賭して真理を貫く姿勢は、武⼠の覚悟と⼀致する。

⽂責 岩瀨貴洋

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